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枝付き枝豆は美味でした。


先日その風貌に心奪われ即買いした枝付き枝豆根っこ付き。
いっしょに買った髪の毛付きトウモロコシも美味しかったので、さて、この枝豆も早速茹でていただきましょう!
束ねてあったテープを外し、鼻歌交じりに水洗いのあとに鍋にいれようと蓋を開けると、なんとそのままでは鍋に収まりません。
これは大変、と、キッチンばさみで枝豆を枝からちょきちょき外し始めたのですが。
これが意外に固くてなかなかチョキン! と、うまい具合にいかないのです! がーん

いつしか鼻歌をやめて黙々とシンクに頭を垂れたまま枝豆取り外し作業に没頭。
もーやだやだやだやだやだやだやだ、と思い続けながらようやく終了すると金ざる一杯山盛りの量。

やれやれと鍋に放り込んで待つことしばし。
きれいな翡翠色にゆであがった枝豆を竹ざるにあげてうっとりながめていたら長男登場。
「あ、えだまめ!」
言うより先にはしこい手先が枝豆ひとつをかすめ取ってゆきました。
「おいしい!」

行ってしまうかにみえた長男が再び戻ってくると、私の前に腰をかけて湯気の立つ枝豆をもぐもぐやり始めました。
「熱くないの」
ときいても、うんうんいうだけなので私もひとつとって口へ入れてびっくり!
なんて美味しい枝豆ですか、あなたってひとは!

早速冷蔵庫のビールを出して晩酌開始。
ああ、息子よ。いつになったら君のグラスへビールを注げるんだろう。
麦茶の入った彼のグラスを眺めながらもぐもぐクチは動きます。

枝から外す作業も、水洗いの作業も、大変めんどくさい手仕事であったけれど、こんなに美味しい枝豆なら!

いやしかし。
あの作業があったからこれだけ旨さが身にしみるのかもしれぬ。
いじわるな私が耳元でささやきます。

いーや、やはり新鮮で人の手の入らない食べ物は地味滋養が絶妙故に美味なのだ。
正直者の私も反対側から応戦です。

確かに美味しい枝豆だけど、どうだろう。
枝豆食べる毎にこれだけの労力を使わねばならないなら、私は夏の枝豆を今の3分の一に押さえてしまうだろう。
枝から切り離してくれる手間を余所様に頼んで、ゆであげるだけ、の状態になった枝豆だからこそ、
我が家の夏の食卓にこれだけの数で登場できるのである。

誰がなんと言おうと、我が家のタイムテーブルはすでにそう決まっている。
枝豆調理に欠ける時間配分はすでに決定事項なのだ。
今更美味しいから、の理由でその配分を再考することは、その他諸々の微調整を考えると、やはりどうしても現実的ではない。

今回は「枝付き枝豆」を家庭で調理すれば大変美味しい、という勉強をさせてもらったということで、
この件は収まるべき場所に収まることになるだろう。

普段の枝豆よりも枝付きの物は美味しかった、というひとつの経験となって、人生のまだ浅い息子達の体験になったはず。
もちろん私にとっても。

子供達の食育について真剣に考えた先日だけど、やはり現代人は忙しすぎるし、世界は最高速で動いているのだ。
申し訳ないとは思うけど、こんな手間は今回だけだ、と、子供達に言い聞かせ、これをひとつの人生経験にしてもらわねばならない。
夏の夜に母が枝豆とビールで晩酌してた、という原体験を胸に、食べ物で季節を感じることのできる大人になってくれ給え。

息子の顔を眺めながら上手い枝豆に舌鼓の夏の夜、なのでありました。


Posted: 水 - 7月 20, 2005 at 11:37 午後        


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