枝付き枝豆・子供の食育・母の決意
さっき次男といっしょに歩いていたら、道ばたに車の八百屋さんがお店を開いてました。
「朝取り野菜」の文字に引かれて覗いてみたら、茎にそのままついた枝豆、もしゃもしゃの髪の毛をつけたままのトウモロコシ、
枝のついたトマト、ぴかぴかのお野菜がどれもこれも美味しそうに並んでいました!
わー!おいしそう!
ちょっと買っていきましょう!
お野菜を手に取りながら「おいしそうねえ」と八百屋さんと話す母親を見上げて次男がひとこと。
「ママ、これなあに?」
彼が指したのはなんと、えだまめ。
根っこもついて葉っぱもついてる畑から獲ってきたばかりの枝豆は、茹でられ皿にのせられたそれとはまったく見た目の異なる野菜。
確かに何か分からなくても仕方があるまい。
これはねえ、枝豆なのよ。
説明する私に八百屋さんは唖然。
「そうか、こういうところの子供達はこれ見てもなにかわからないんだ!」
ここと、ここをとって、これだけにして、洗ってざるにあけるんだよ。
八百屋さんが次男の目線にしゃがみ込んで教えてくれているのを見て母は少し恥ずかしかった。
べつに彼が野菜本来の姿を知らなくたって私が恥ずかしがることはないけれど、
ついつい子供達の手つきに付き合いきれず、台所仕事を手伝いたがる小さな手を邪険にしてしまうことが
不意に思い当たってしまったのだ。
外では人目を意識し、いい母親ぶってねだられるままにケーキや菓子を買い与えても、一歩内へ入れば
まとわりつく子供を寄せ付けない薄い愛情の母親像をのぞき見られたような気がして、私はたちまち恥ずかしくなった。
次男は無邪気に八百屋さんの話しに喜び、八百屋さんもそんな母親の後ろ暗い想いなど知るよしもなく、
笑顔で私を見上げて言った。
「畑から獲ってきたまんまだったけど、喜ばれちゃってなんだか恥ずかしいなあ」
ああ、ごめんなさい!
あなたは八百屋さんではなくてお百姓さんでした。
唯一自分の手で食べ物を作ることのできる祝福されたお百姓さん! なんて素晴らしい!
きっと私のような見た目ばかりを気にする馬鹿な母親が「泥付きなんてさわれない〜」といったのがきっかけで、
畑から収穫された野菜達はごろごろ無造作に洗われ、ワックスをかけられ、
きれいにラッピングされるようになったんでしょう。
きっとそうに違いない。
食べ物のことなど何も知らない過剰包装時代の娘達が母親になって、子供達を食べ物本来の姿から
遠ざけてしまったに違いないのだ。
ああ、ほんとうに私を始めとする世の母親達よ!
南青山に畑は存在しないけど、野菜を買えるスーパーはいくつだってある。
どこの野菜も一定に温度調節された冷蔵設備の中、涼しい顔してすましてる。
ほんとうにこれでいいのか?
しかしだからといってどうしたらいいのか?
区役所へ出向いて家庭菜園用の区画をどこか郊外に借りるのがいいのか?
根っこ付きの枝豆と髪の毛つきのとうもろこしを持って佇む私に八百屋さんは笑顔で言った。
「とうもろこし、皮剥いてると良いにおいがするから子供さんに手伝わせてやらせてやってよ。
こんないいにおいの野菜、朝取りじゃなきゃありえないから」
まずは台所のお手伝い。
そこから始めよう。
命を育てる食べ物から子供達を疎遠にさせないために、せめて料ることくらいのいろはを教えるのが
菜園ひとつできない腑抜けの母親にできる最低のしつけと愛情ではなかろうか。
皿を洗わせるのもしかり、野菜の皮をむかせること、隣りに立たせて料理の現場を見せるだけでもいいじゃないか。
私にできる範囲のことで、しっかり食べ物教育をしなくちゃならないぞ。
帰宅してから子供達といっしょに皮を剥いた1本110円のトウモロコシは、
先日ナチュラルハウスで購入した一品398円のとうもろこしよりも数倍甘く美味しい夏のニオイがした。
Posted: 火 - 7月 19, 2005 at 06:17 午後